M&Aでおさえたいポイント
理想のM&Aへの備え方
戦略的売却を実現するうえで大事なのは、見通しが明るいうちに、次の一手を進めることです。
M&A(第三者承継)は、オーナー経営者にとって集大成となる大仕事です。その大仕事を能動的に取り組むことが、納得のできるM&Aを実現することに繋がると私たちは考えています。
能動的なM&Aを進めるうえで、第一のポイントになるのは業績の見通しが明るいうちに、会社のさらなる成長に向けた事業承継の準備を進めることです。業績が厳しい場合、M&Aが成約に至らない可能性が高まります。第二のポイントは、健康なうちに事業承継したあとの第二の人生計画を描き、進めることです。病に罹ったとしても快復すればいいのですが、状態がよくないと納得がいくまでやり抜くことが難しくなります。
このように「会社のさらなる成長」と「オーナー経営者の次の人生の充実」を得るために、会社も自身も健康なうちに自らの意思で能動的に選択するM&Aを、私たちは「戦略的売却型M&A」と呼んでいます。この戦略的売却型M&Aを弊社もいくつか支援させていただいているのですが、そのほとんどの方が「あのタイミングでM&Aをしたことに後悔はないよ」とおっしゃられています。築き上げた会社を譲り渡す決断は簡単ではありません。次の人生に移行するのは不安もあります。受け身にならず、不安を解消するには、準備を進めることが有効だと、私たちは先人たちから学びました。
理想の備え①会社を、いつでもM&Aできる状態に
会社や事業の売却をしたいと思ったときに、M&Aができる状態になっていることは重要です。買い手側が「譲り受けたい」と思うような組織になれているかどうかは、2つの視点で見極めることができます。
1つは、企業価値がプラス評価になっていることです。マイナス評価になっていてもM&Aが成立することはありますが、相対的にプラス評価のほうがM&Aの成約率は高くなります。売上向上や費用削減に向けた取り組みに加え、ビジネスモデルの見直しなども対策として行われています。
もう1つは、経営者が代わっても持続する組織状態にすることです。経営者交代の影響は大なり小なりあるものですが、大きなリスクがあると買い手側は敬遠してしまいます。対策の一例として、自律型組織にむけた仕組みや体制の再構築、経営幹部の育成等が行われています。
その他にも「訴訟を抱えていないこと」や「社員の平均年齢が高すぎないこと」など、買い手側の視点でいくつか留意すべき点はありますが、「企業価値がプラス評価であること」と「経営者交代による悪化リスクを抑えていること」が、M&Aできる組織づくりのベースになります。
企業価値を高めるために行うこと
買い手側からみた現在の評価額がいくらになりそうかは、M&Aの企業価値評価を行うことで試算することが可能です。例えば、上記図の「時価純資産+営業権法」で算出する場合、「①時価純資産」と「②営業権(のれん)」の合計額が評価額になります。
この2つの視点は企業価値を高めていくことにも活用できます。「①時価純資産」を増やしていくには、利益剰余金を増やすだけでなく、例えば時価評価でマイナス評価されそうな資産を取得しないことも重要になります。
「②営業権(のれん)」を増やすには、売上高を増やし、費用を低減することがベースとなります。ただし、M&Aの企業価値を試算する際、役員報酬や経費等は一般標準額に見直して計算しますので、営業権の評価方法を分かっていれば、すべての費用を抑えればいいという話ではないということも留意できます。
現在の企業価値を算出すること。買い手側の算出方法を知ること。そして、企業価値評価を高めるポイントに留意して、経営活動を改善していくこと。これらのステップが、企業価値評価を高めていくベースの進め方になります。
経営者が交代しても持続する組織にするために行うこと
重要な業務をすべてオーナー経営者が担っている場合、その経営者が交代したときの影響力は大きくなります。例えば、重要な顧客との関係性が属人的であればM&A後の取引減少リスクがありますし、経営者しかわかっていない業務があれば引き継ぎリスクや工数が増大します。
経営者が交代しても持続するために行うことは、経営者が交代する前提で仕組みや体制を見直すことです。もちろん、「経営者が行っていた業務を一つずつ引き継げばうまくいく」といった単純な話ではありません。同じ業務をやるにしても、経験値・スキル・性格の差はありますし、指示待ち状態であれば経営者の負荷は青天井に増え続けます。
買い手側からみて安心できる組織形態の1つは、自律型組織です。自分たちで事業PDCAを回し、成長を続けられる基盤ができているのであれば、買い手側はさらなる拡大に向けた投資も行いやすくなります。自律型組織に変化するポイントは、経営の考え方自体を変えることです。経営者のビジョンや職務を「見える化」し、会社の目標や機能を「自分事化」するプロセスを進めることが重要になります。
経営者が交代しても持続する組織づくりは、一朝一夕で出来るものではありません。将来的な事業承継を意識して、時間をかけて段階的に変化させていくことが一般的です。
理想の備え②自身を、ライフチェンジできる状態に
会社の売却を決断する上で、「M&A後にどんな人生を歩んでいたいか」、具体的なイメージを持てていることは重要です。M&A後の暮らしのイメージを具体化するために、2つの視点でプランを精査することができます。
第一の視点は、会社を譲り渡した後にやりたいことを決めることです。現在の仕事(会社経営)にかわる、自身がワクワクするようなテーマを持つことは、人生を充実させていくうえで重要です。40~50代で事業承継しつつ起業しているケースのほとんどは、売却を決断する前からスモールスタートで新たな活動をはじめられていました。
第二の視点は、お金の視点です。会社を売却すれば対価としての譲渡益を得られますが、現在の役員報酬を得る機会は失われます。自身や家族を養っていくために、売却を決断する前からお金のプランニングをしたり、資産運用等で収入源を確保したりすることは重要です。
その他にも「従業員の視点」や「取引先の視点」などがありますが、会社の発展を見据えたM&Aを実現できれば、基本的に会社関係者はwin-winの状態に近づくものです。次にやりたいことを始め、生計の見立てをつくっていくことが、ライフチェンジを決断する上で重要になります。
次にやりたいことを具体化するために行うこと
業績が良く、身体も健康なときに、戦略的な売却を能動的に選択するには、「次にやりたいことを決定すること」が重要になります。私たちがM&Aを支援したお客様の中には、「リゾート地に移住して、宿泊業をしながら趣味の車いじりを充実させたい」と決めていた方や、「仕事を手伝ってくれた妻をまず世界旅行に連れていき、その後も2人で旅行する機会を増やしたい」と決めていた方もいます。
会社売却を意思決定できるレベルにまで、セカンドライフプランを具体化するには、「何としてでもやりたい」「こういうプランでいけそう」などと気持ちを固めていくプロセスが欠かせません。実際、私たちがM&Aのご相談を受けたタイミングでは、移住準備が進んでいたり、夫婦間で何度も話し合ったり、セカンドライフを実現するための行動や学習、対話が繰り返されていたことがほとんどでした。
会社と経営者は、必ずいつかは別れます。経営からセカンドライフへの時間の移し替えは、ホースで水を流すように、徐々に行うほうが安全です。M&A支援はもちろんですが、M&A後にどうしたいか、オーナー経営者がご自身と対話するサポートも私たちは喜んで行います。
今後の生計を見立てるために行うこと
M&Aは、人生後半の収支計画にも深く関わる重要な選択です。買い手側からみた企業価値が高ければ、株式譲渡によってまとまった資金(譲渡益)を得ることができ、この売却益は新たな事業への挑戦の元手や老後の生活を安定させる資金として活用できます。しかし、役員報酬などの会社から得ていた「継続的な収入源」は売却後に原則として途絶えるものです。そのため、売却後のライフプランや資産設計は、M&Aを実行する前から準備を進めることが重要になってきます。
実際、戦略的売却を決断したオーナー経営者の多くは、別の会社を起ち上げて収入源を確保していたり、不動産や金融商品で資産運用したりしていました。会社を譲渡しながら、新たに会社を創業している人も少なくないのですが、そのようなケースも、売却する前から準備されていることがほとんどでした。
オーナー経営者にとって、M&Aはゴールではなく、第二の人生のスタートです。ご自身とご家族の未来を見据えたお金のプランニングを進め、収入源を増やしたり、家族の合意を得たりすることは、戦略的売却を意思決定する上で重要になります。
経営者人生の春夏秋冬とM&Aについて
会社の成長を見据えた戦略的売却と経営者自身の人生設計を両立させる上で、経営者人生の「春夏秋冬」を意識してM&Aに備えることは、一つの考え方として有効です。
春(創業期)は0から事業を起ち上げ、軌道に乗せる時期です。このフェーズに行われるM&Aは早期に収益化できた事業の売却である場合が多く、0→1を得意とする経営者が、拡大成長を得意とする買い手に譲り渡すケースが散見されます。
夏(成長期)は事業が拡大成長する時期です。事業成長のスピードを速めたり最大化したりすることを目的にM&Aをすることが多く、未進出エリアの同業種を買収したり、より大きな企業に戦略的売却したりしています。
秋(成熟期)は、事業が安定して継続的に実りを得られる時期です。将来を見据えて新たな事業の柱を起ち上げたり、後継者への引継ぎを始めたりすることも多く、第二創業を行う企業も少なくありません。M&Aはその手段として利用されています。
冬(衰退期)は、業績や体力が落ちたり、重要な組織問題や健康問題が出始める時期です。このフェーズは後継者不在に伴う事業承継を目的としたM&Aが多く、余裕のあるうちに準備をすることが重要になります。
30代がスタートアップ期に行うM&A(イグジット)と、40~50代が成長期に行うM&Aでは留意する点は変わりますし、60~70代が成熟期・衰退期に行うM&Aもまた別物です。年齢や事業の成長フェーズごとの特性を踏まえた備えこそが、後悔のないM&Aを実現する鍵となります。
経営者人生の春(創業期)に行うM&Aについて
| 対象者一例 |
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|---|---|
| M&Aの 目的一例 |
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| M&Aの 留意点 |
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| M&Aに 備えること |
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経営者人生の「春」にいるのは、創業や事業承継から数年以内の経営者で、実際にお会いした中でいくと20~40代であることが多いです。M&Aを成長戦略の一環として捉える考え方を持っており、新規事業やシナジー効果を探し求める買い手側に対し、早期の戦略的売却(イグジット)を検討するケースもあります。
この段階でのM&Aの留意点の一つは、買い手側目線で企業価値を提案できる準備をすることです。売り手目線でどれだけ事業の拡大可能性を訴えようと、収益化の見通しがついていなかったり、買い手側からみた成長の蓋然性がなければ交渉が難航することもあります。また、複数の出資者がいるスタートアップでは、株主の合意も不可欠です。
春(創業期)に行うM&Aは、早い段階から企業価値評価を行い、自社の強みやM&Aで評価されるポイントを把握しておくことが重要です。創業期から「売れる会社の条件」を意識しておくことが、将来の成長や選択肢の幅を広げる土台となります。
経営者人生の夏(成長期)に行うM&Aについて
| 対象者一例 |
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|---|---|
| M&Aの 目的一例 |
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| M&Aの 留意点 |
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| M&Aに 備えること |
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経営者人生の「夏」は、事業が順調に成長し、組織や財務基盤も整い始める時期で、実際にお会いした中でいくと30~50代の経営者が多いです。「時間を買うためにM&Aをする」ことを強く意識している経営者が多く、戦略的買収と戦略的売却のどちらも選択できる状態にあります。いずれを選択するうえでも重要になるのは、事業成長のシナリオを明確に描くことです。
戦略的買収であれば、PMI(統合プロセス)体制を整えることも重要です。買収検討時は、企業価値評価や買収調査(デューデリジェンス)を丁寧に行い、自社の戦略とM&Aの整合性を確認したり、シナジーの実現性を見立てたりることで、後悔のない意思決定が可能になります。
売却であれば、まず企業価値評価を行って現在の株式価値を把握する必要があります。そして、M&A目標を定めた上で、経営者が抜けても機能する体制や組織の自走力を高めることが重要になります。
成長期だからこそ、選択肢の幅は広がります。様々な選択肢から最善の選択をするには、「戦略や見立ての精査」を行い、「実行可能な体制づくり」をすることが重要になります。
経営者人生の秋(成熟期/再成長期)に行うM&Aについて
| 対象者一例 |
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|---|---|
| M&Aの 目的一例 |
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| M&Aの 留意点 |
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| M&Aに 備えること |
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経営者人生の「秋」は事業が安定し、継続的な実りを得られている時期で、実際にお会いした経営者は30~70代と最も幅広い印象です。組織が自律的に動く状態になっていることが多く、経営者の経験や人脈も充実しているため、安定した基盤のうえで次の一手を選べる時期ともいえます。
この時期のM&Aは、新たな事業の柱を築く「第二創業型」の戦略的買収や、既存事業の深化に向けた補完的買収、あるいは後継者不在を見据えた第三者への売却など、多様な選択肢が現実のものとなります。
買収においては、PMI(統合プロセス)や事業多角化に耐えうる経営体制を構築することが重要です。一方、売却を検討する際は、ご自身のM&A後の人生をどう描くかが重要で、次の人生をはじめる不安を解消できないと、なかなか能動的な選択はできません。
成熟期は、オーナー経営者にとって大きな分岐点となり、秋の中でも始まり・中間・終わりで考え方は変わります。継続的に実りを得ることに焦点を当てるのか、未来志向で第二創業を企て実行するのか、戦略的売却とライフチェンジにシフトするのか。この成熟期こそ、M&Aによって「集大成」と「次の創造」を両立させる好機となります。
経営者人生の冬(衰退期)に行うM&Aについて
| 対象者一例 |
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|---|---|
| M&Aの 目的一例 |
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| M&Aの 留意点 |
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| M&Aに 備えること |
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経営者人生の「冬」は第一線からの勇退を意識し始める時機で、実際にお会いした経営者は60~70代の方が大半です。ご自身、あるいは知り合いの病気等を理由に、引退の方法やタイミングを検討しはじめる方が多い印象です。
この時期におけるM&Aは、現役勇退を見据えた事業承継型が主流です。長年築いてきた会社を信頼できる第三者へ託し、ご自身は家族や趣味、地域貢献といった第二の人生へと歩み出す準備を進めるタイミングです。
ただし、従業員の高齢化や業績の停滞などにより、希望条件での譲渡が難しくなるケースもあります。さらに、健康状態の変化が意思決定を制限する可能性もあります。
だからこそ、企業価値評価や組織診断、M&A後の人生計画、家族との対話などを含め、できるだけ早い段階から準備を始めることが大切です。早期の備えが、円満な引継ぎと納得のいく引退につながります。
